歴史・風土・民俗学の最近のブログ記事

KARERERE0720.jpg

 初めてカレーライスを食べたときのことは今でも覚えている。それは自宅ではなく、子守さん(ボクは母親が病弱だったので)の家だった。たぶん肉と野菜を炒め、水を入れて水溶きの小麦粉とカレー粉を溶くというもっとも基本的な作り方のカレー。今でもその黄色いルーとご飯のコントラストが目に浮かぶ。その衝撃は辛さからくるものだった。あまりにも辛くて、そのときに一緒に食べた友達(今でも友達だ)とともにお砂糖をなめて、押入に隠れ込んだのを覚えている。
 そのカレーはイギリスの初代ベンガル総督が1770年に本国に持ち帰ったことから、インドでのただの「料理」から「カレー」へと名を変える。ちなみに「カレー」というのはインドでは特別にこれといった料理を差すのではないという。それから初めてカレー粉を製造したC&B。それが明治維新とともに我が国に到来。カレーという料理も明治初期から作られ始めるのだ。
 その初めてのカレーを作り出すまでに玉ねぎ、小麦粉、西洋ニンジン(今われわれが普通に食べているもの)などを国内で生産する。またカレー粉の国産での製造などかずかずのカレー史のステージがあることがわかる。
 またもっとも興味深いのはカレーがどうして我が国にこれだけ早く受け入れられたのだろうか? という点。これにはそれまでの食事がご飯の他に出汁をとる。お菜(おかず)を作る。漬物を漬け切るなどの幾多の作業を必要としていたこと。これに対してカレーはひとつの鍋で炒める、煮るなどが完了する。また出来上がってもご飯にのせるだけなど、従来の食事と比べて非常に簡便であった。それで急速に広まったのであるというのも食の歴史を考える上でも興味深い。
 そしてその広がりのなかで様々な材料がカレーに使われてくる。ほっき(ウバガイ)、ホタテガイ、マスにイワシなど、獣肉だけでなく島国日本ならではの材料が使われるのだ。
 他にも新宿中村屋の「インドカレー」、阪急百貨店の大食堂の「カレーライス」、カレーパンや「カレーと福神漬け」の話など盛りだくさんすぎて、しかも読んで面白過ぎるので、ある意味こまった本でもある。

本の満足度。5★満点で
★★★★☆

SHOKUNOHOUWASI.jpg

 中学、高校と日本史で習うのはせいぜい明治期まで、意外に知らない領域が昭和の歴史なのだ。平安、奈良などと違い、自分自身が生きて、そしてまだまだ庶民の生活に関する実体験や資料が数知れず、当たり前だが残っている。その昭和をボクは知らないのだ。
 本書の著者である白井貞(敬称略とさせてもらう)は大正12年生まれである。この1923年は関東大震災の年。そして昭和元年には著者の物心つく時期とも重なるのである。昭和16年、大妻技芸学校(多分今の大妻女子大)家政学部を卒業して、労研(労働科学研究所 この研究所で思い浮かぶのが“労研饅頭”だけというのが恥ずかしい)に就職。戦中戦後の食糧難のとき、また復興期、そして現代にわたって栄養調査をし、そして管理栄養士として常に一線で活躍されてきた。
 その企業での栄養士としての献立や、また当時の食糧事情などが綿密に書かれている。面白いのは戦中の外食券食堂、雑炊食堂などの現在の大衆食堂の起源ともいうべきものの調査。そこで食べられていた料理の材料。また新潟の企業での献立や、また二本木という土地での名物が「どじょうの蒲焼き」であったこと。また当時のクジラの利用なども非常に興味深いのである。
 さて魚貝類を調べているのでついつい興味のあるところだけを書き上げたが、ここには昭和を、またいちばん苦しい時代を生き抜いた女性の歴史が見えてくる。これだけでも読む価値大。

この本の満足度。5★満点で
★★★★

つくばね舎
http://www1.ttcn.ne.jp/~tukubanesya/

senba.jpg

 道修町(どしょうまち)と言えば薬の町。薬を商う商店が軒を並べ、そこから武田製薬、田辺製薬、塩野義製薬などが今に残る。そこにあった様々な人生が非常にテンポの良い語り口で述べられる。またそこでは古い大阪、商家の暮らし、文化が戦後まで残されていたのだ。本書はそんな薬の町の歴史と暮らしを道修町を生地とする著者が愛情をこめて描いている。
 帰郷するときに立ち寄る大阪難波(南海電車の始発)、中央市場のある野田、そして鶴橋などは大阪でも馴染みのある場所。そんななかでどうしても近寄りがたいのが船場、道修町あたりである。今では完全にオフィス街であり、なんだか硬質なイメージを受ける。その近寄りがたさを取り去ってくれたのがこの本である。
 大阪では魚市場、海産物を取り扱うところを雑喉場と呼ぶ。道修町の東側、天満に古くからの魚市場があったこと。また石山本願寺の支配から豊臣秀吉の時代になって最初に雑喉場となったのが靫。これは道修町の西に当たる。その真ん中にあった町が雑喉場の移転とともに薬の町に変貌していく。後には薬を扱うに「道修町に店を持つ」のが最大の立身とされるようになるのである。
 考えてみると江戸時代には大阪への人の流れを規制していたのである。そのために地方から出てくるととりあえず居を構えるのが野田、または福島あたりであったという。そこから堂島川、土佐堀川をわたり船場に至る立身というドラマが明治期まであった。ボクの子供の頃に人気があったのが「番頭はんと丁稚どん」。この世界そのままが道修町にはあったのである。またその商家の暮らしに船場汁、魚島などの食文化があったわけで、このあたりを調べるにも貴重な手がかりとなる。
 この本、水産物を調べるにあまり関わりがあるとは思えない。ところが最近、魚の利用や価値観を考えるに街の歴史がいかに重要かというのに気づいたのだ。また本書は読み物としての面白さも兼ね備えている。たぶん読み始めるとついつい止まらなくなるはずだ。
この本のボクの満足度は★★★★。面白い!

 福島に行くようになって、まず驚いたのはその広さである。北海道、岩手に次ぐ面積だとは知っていても、始めてクルマで回って見て、そのひとつひとつの市町村の大きさにも目を見張る。しかもその見て歩いたのが福島県でも「浜通」と呼ばれる海岸線に近い地域だけなのだ。ここから内陸に向かって「中通」、そして「会津」と、またそれぞれ独特な風土をもつ地区が存在している。それを200ページと少しで語ろうとするのは土台無理がある。
 サケのこと、魚を取り扱う業者を「五十集(いさば)屋」ということなど、魚貝類に関しても興味深い記述は見いだせる。ただ、編集の問題であると思うのだけれど、民俗学的に風習にともなう食を語る部分、風土を語る部分、また料理名、料理自体を語る部分をしっかり分けてもらいたかった。また、その総てが舌足らずの状況にある。
 福島の食を語るならできれば3つの地方ごとに3巻に分ける。また食材風土だけは別巻にするべきかも知れない。農文協の『聞き書き 福島の食事』でも同様の不満がある。これ大変だろうな。

fukusimaminzoku.jpg
歴史春秋社 1200円

 始めに述べて置くが新刊本屋で本書を手にしたときまったく購入したいと思わなかった。これは定価2200円に値しないと思ったためである。それを古本屋(神保町 大雲堂)で1200円で売っていて、資料として持っていてもいいだろうと敢えて買ったのだ。ちなみに大雲堂はこの分野のものも専門に扱う店で、分野の本の値段は言うなれば評価だと考えていい。現に新刊本で並んでいるものが半額なのだ。まず、この本の問題点は著者にあるのか編集者にあるのか疑問である、そこのところをふまえて読んで欲しい。
 まずいけないのが情報源が原文ではなく事典や小説からのものを平気で使っている。また情報源があまりに少ない。少ないと言うことでサバというものを著者自体が把握していないように思えるのだ。例えばサバには2種類いる。マサバとゴマサバであるが、この2種は鮮魚流通でも加工業でも大きな違いを持っている。またサバ属の幼魚や小さなものもそれぞれ取り扱いが違うのである。そんなことを述べてからすすめるべき漁や食べ方の話が、これがないために、また調べたデータ量が少ないことも相まって散漫で不正確なのだ。このことは信仰や文芸、流通など総てに共通する。また同じことの繰り返しが多いのも編集方法として不思議だ。
 サバに関する資料として持って置いても悪くはないが、その資料の信頼性は薄い。サバに関する本は少ないので、もっとしっかりした編集と資料集めをして欲しかった本。
sabas.jpg
雄山閣 2200円 2002年

 鵜飼と言えば長良川、その観光的要素が目についてあまり調べてみる気にもならなかった。それが神保町の古本屋で100円本の中から「鵜飼」の文字を見つけてつい買ってしまったのが、これである。これがなかなか面白い、中国、インド、エジプトにも起源がたどれる鵜飼はやはり稲作とともに入ってきた。そして魚をとる手段として始まり、天皇家、貴族へのアユの貢ぎもの。そしてこの特権階級での遊技としての鵜飼から現在の観光鵜飼へと通じている。そんな表面的な歴史だけではなく常民による鵜をヒモでつないで歩きながら魚をとるもの。当然のことだけれど食料としての魚をとる鵜飼が日本各地で行われていたことなど、資料としても持っていたい本である。
ukai.jpg
中公新書 定価200円 1966年

『南総里見八犬伝』の作者・滝沢馬琴、義理の娘・路は詳細な日記をつけていたので有名である。それが江戸の町民、ご家人といった庶民の暮らしの貴重な資料でもある。この本の素晴らしいことはその膨大な日記内の実生活に関わる部分にスポットを当てたところである。滝沢馬琴は18世紀から19世紀の江戸文化の最盛期を生きた人であり、人気作家であった。当然庶民よりも贅沢な暮らしぶりではあったろうが、身分は町人、そしてご家人(身分の低い侍)である。その祝儀での魚(お祝いとしての)のやりとり、また病人食、歳時などポスイットが増えて困るほどである。魚貝類や歴史が好きなら必読書。資料性も高く、これを新書として出版してくれたことに感謝したい。
bakin.jpg
中公新書 780円 2003年

 福島に魚貝類を見に行って、しまったと思ったのは本書を通読してから行くべきだったということ。歳時記や風土記と名が付くと、歴史や由緒、また祭などだけの本であり、実際の風土や生物利用、また町のことなどは皆目わからないものが多い。これらの本は、民俗学に興味のある人や、書いているご本人には興味があっても、他県者や「け」のことを知りたい向きにはなんの面白みもないのだ。その点で本書はそんなものとは対極にある。
 また本書に素晴らしさは編集が見事なことだ。350ページほどのなかに盛り込まれた内容の濃さも歴史春秋社の編集あってこそだろう。
 本書の最初に取り上げられているのが請戸港そばの酒蔵。この酒蔵の酒が港の船祝いに使われる。また松川浦の海苔(あおのり)養殖の変遷。久ノ浜での潜水漁、そして海の幸の詳細な解説。へたな観光案内より何倍も福島県の魅力を伝えてくれる。
 これほどの文章をあっという間に読ませてくれる文章力にも感心させられた。福島に関心がなくても、読んで損をしない名著。

fsaijiki.jpg
歴史春秋社 1420円 2000年

このアーカイブについて

このページには、過去に書かれたブログ記事のうち歴史・風土・民俗学カテゴリに属しているものが含まれています。

前のカテゴリは本の買い物日記です。

次のカテゴリは水産魚貝類の本です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。