貝の収集家にとって北の貝というのは魅力に欠けるのだろうか? その書物は少なく、地味な貝が多いためにしっかりした同定をへた画像自体を見る機会がほとんどない。そのために食用の、市場で毎日のように目にするエゾバイ科(つぶ)の同定すら、四苦八苦して図鑑各種とにらめっこしている状態なのだ。
我が家での「北の貝」同定には学研の生物図鑑「貝」、東海大学出版会の「日本近海産貝類図鑑」、そのた数冊を並べて行う。でも総ての画像を見て解説を読んでも、結局同定に至らないことが多いのである。
そんなときに頼りになるのが本書である。紛らわしい種に対しては4、5点の写真が掲載され、その産地が明記されている。これを既製の図鑑の矛盾点と見比べることにより多くの発見があり、また過去に疑問符を残していた種の画像を整理することが可能となっている。
特に素晴らしいのが近縁種の取り扱いである。例えばエゾバイ属のヒモマキバイ、オオカラフトバイ、シライトマキバイ、イジケシライトマキバイ、クビレバイなどは複数の画像が見比べられるように並んでいる。「日本近海産貝類図鑑」でも他の多くの図鑑でも見ることの出来ないエゾボラ属のウスムラサキエゾボラ、フジイロエゾボラ、ウネエゾボラの画像も必見である。
また面白いことにはエゾバイ科の地味とも言える貝殻が、本書を紐解くと形の多様性からか収集家をして「深みに落ちる」魅力を秘めているのを感じてしまう。でもこの「北の貝の深み」は、なかなか底が見えそうにない。
軟体類の専門家に「貝の同定能力を高めたい」と相談すると、予め打ち合わせたように「多くの貝殻を見て経験を積むことです」と答えが返ってくる。その「多くの経験」を本書は「させてくれる」ものである。食に関して貝と接する身にも、もちろん貝の収集家の方にも価値の高い図鑑といえる。
本書は長い年月をかけて、収集した「北の貝」を、長い年月をかけて同定整理、また撮影してこられた樋口滋雄さんの成果である。これを図鑑の形で見ることが出来るということにも感謝したい。
この本の満足度
満足度★★★★
ひとつ★が欠けるのはもっと詳しい解説を望むため。
次回には解説文だけの本を作っていただきたい
本書は定価10000円
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